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山本精一カバー・アルバム第一集発売記念ライブ @ zanpano

  • ザンパノでは「ゆるい感じで」やるからってことでお手伝いも兼ねて出動。
  • そもそもライブハウスでもないのでちゃんとした機材もPAもなしでもそもそとセッティングなど…わたしも相当のぼんくらなので前半聴きづらい感じだったかも。お客さまごめんなさい。
  • この日山本さんは(いつものザンパノライブイベントと違って)奥の小上がりをステージに指定。しかしこの小上がり、狭い上に壁が硬くて、柏手でさえカキーンと反射するものすごいスペース。まあギーアンはさすがに小上がりの外に置きますけども。だいじょうぶですか。
  • なんかの発振音がやまないので直前になっていつもの黒ストラトを止め、「これいっぺん弾いてみたかってん」とザンパノ備え付けエピフォンのセミアコに変更。こういうとこがまあ、ゆるい。
  • 30分押しで客入れが始まっても山本さんはずっと小上がりに収まっているので変な感じ。備え付けのカーテンの効果もあって…額縁ショー?
  • 2部構成とは聴いていたけど20時スタートの第1部が終わった時点で21時をとうに回っている。
  • お客で来ていたアイ氏に音を直してもらいつつ早めに第2部を開始。アンコールまで終えたのはもう23時ちかくなってからだった。
  • 1曲おわる毎に譜面を脇に投げ捨てながら淡々と演奏が続く。訥々と紡がれる『turn, turn, turn』、いっそう力強く歌われるようになった『あの素晴らしい愛をもう一度』、がっつりサイケデリックな『からっぽの世界』、そしてラウドでアーシーなギターでかき鳴らされる『we shall over come』。どれもがごろり、とした「そのまんま」感。あらゆる judgement の対極にある深い淵。すなわち山本精一自身がむきだしの音楽である。上も下も右も左もない、ただ歌に貫かれたその瞬間(の連続)、手垢のついてしまった「癒し」ではなく、ありのままの、しかも大きな孤独がそのまんまあることにとても安心して、そのまま眠りたくなった。