お盆(思い出しニッキ)

  • 大汗かきながら実家に寄って即お寺へ。父方の施餓鬼法要。
  • 申し込む→過去帳でてくる→グループごとにまとめて読み上げ、というシステム。なのだが読み上げリストを間違えて「こころざすところはー…え、こっち?」とか云ってるのマイクに拾われてますよご住職。うちは間違って二回呼ばれた。ありがたいのか。
  • 実家で、葬儀の前に父が発掘してきた母の古いアルバムを眺める。昭和15年ごろの銀座?白の三つ揃いに白の中折れ帽の祖父、着物にパーマネントの祖母。祖父は良く言えば笠智衆っぽい男前で、祖母はけっして美人ではないんだけどゲジゲジで真っ黒な眉と髪がやたら意思の強さを感じさせる人だった。ボウルズ夫妻のポートレイトを思い出…すのはちょっと贔屓目がすぎる。
  • 祖母は当時には珍しい職業婦人でおしゃれで、仕事に行くときは帽子を斜にかぶった洋装で、母の幼馴染はその様子を「ヘレン・ケラー*1って呼んでたのよ」と話してくれた。丹後の田舎から東京へ出て医者になり、2回結婚して朝鮮に渡り、疎開先で長男が病気になったときけば吹雪の中橇と末娘(母)の手をひいて迎えに行き、戦後は関西に落ち着いて定年まで務め上げた祖母。がんに罹った時も端から「延命措置はいりません」とキッパリ云ってのけて年若い主治医をドン引きさせていた豪傑さんである。
  • 小学生の頃に亡くなってしまったけど、もうちょっと長生きしていろんなこと話したかったなあと思う。喧嘩することになったかもしれないけど。祖母のあの頑固さ、激しさはいったい誰にうけつがれたんだろう…頑固なとこはわたしか。

*1:たぶんその当時来日して話題になってたからだ