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原発の動かない夏

fragment
  • 母は、いま寝たきりだ。病院と自宅とを行ったり来たりしている。自発呼吸はしているものの酸素吸入は欠かせないし、自力では動けないので電動ベッドも必要だ。病気のせいでずっと熱をだしているから、空調も止められない。ひどく汗をかくから日に何度も着替え、介護している家族はしょっちゅう洗濯機を回している。
  • いま電力が足りなくなったら。病院にいる間はまだいい。でも自宅にいる時に停電になったら?例えば人工呼吸器を着けている人と違ってすぐに死んだりはしないだろう。でも大幅にQOLは下がり、なけなしの体力は削られる。介護する側の人間にとっても過酷な状況になる。
  • すべての原発が停止しても、脱原発へのロードマップは示されなかった。電力会社が、脱原発に方向転換するつもりがないとはっきり言い切ったことには心底がっかりする。でも火力を増強してCO2の排出量を増やし、燃料代の高騰に耐え続けることが現実的とも思えない。電力が足りるのか足りないのか、どちらの陣営の説明も政治的言説に見える。だれにも、科学的で現実的な方法論がないように見える。
  • この再稼働が象徴的にも大きな意味をもつことは理解しているつもりだ。原子力発電は、手に負えない危険なものだとも思う。それでも「この夏を乗り切りさえすれば」とはとても云えない状況で、肉親の命でロシアンルーレットをすることはできない。もしかしたらこれが、最後の夏になるかもしれないのに。それでわたしは大飯原発の「即時再稼働中止」に賛同していない。
  • これは卑怯な態度だろうか。懸命に署名を募り、デモにでかけている人たちはわたしを軽蔑するだろうか。反語ではない。